« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

年末近況

因果な商売です。

大晦日 夕方6時過ぎに 漸く 図面の「山」を越えました。

あとは 元旦、遅めの朝 残りのルーティン図面を仕上げれば 終わりです。

先が読めました。

デザインと言う仕事は、特に 建築は 各種制約を 乗り越えて初めて 成立します。

その上で 文化として 「一歩」歩みを 進めなければなりません。

勿論 痛みを伴っていても それが好きで やってるわけです。

来年も 同じことが、ちがった「顔立ち」で 僕の前に 立ちはだかるのでしょう?

でも ココだけの話ですが、明日は せめて 夜8時までには 仕上げなきゃ・・・・。

だって 大好きな「相棒」が9時から TV放送なんですからネッ!

年末ギリギリまで 図面に追われながら またファイティングポーズを取る58歳です。

来年も 宜しく御願いします。    拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未だ剃り続けるんでっか メーカーさん?

もう 何10年も 剃り続けてるのに 未だ伸びルンデッか?

「ブラ○ンさん」「フィリ○プさん」!!

確か 2~30年前から TVで 今剃ったばかりなのに 未だ剃れるって 言ってマンナ?

20年以上前からデッセ・・・、あれだけ 「深剃り」したら 最早 肌も ボロボロ?

違いまっしゃろか?

もはや 髭の毛根なんか通り越し ホオ骨に達してても 不思議やおまへん!

近頃じゃ 「パナ○ニックさん」も ご参戦・・・・・・・。

もうココまで剃り尽くしたら 髭なんか もう 生えてこなインと違いますやろか?

どうでっしゃろか?メーカーさん!

それとも 来年も 「ウブなサラリーマン」相手に 白い紙の上に 髭くず ポンポン・・。

「あっ、まだ 剃れるんですねっ?」・・・・・・・・・・。   拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おい おい ネーちゃん なにすんねん?

そこまで イヤがらんでも エーやん!

阪急電車 宝塚線の車内です。

前の座席の「ネーチャン」。サッキから メールに 夢中です。

そやから その「オッちゃん」が 隣の「やや」狭い空席に 座りたいだけなんやから!

別に ネーちゃんに ナンも 感心 あらヘンデーェ・・・。

そやのに ネーちゃん なにすんねん!

露骨に 嫌な顔して・・・・。

普通のオッサンが 隣に座る事は 憲法違反なんかっ?

阪急電車の全シート ネーちゃん 買占めたんか?

眉間に 皺よせて、チラリxっと 一瞥・・・。その後 取ってつけたような 無視

いわゆる「シカト」でんなーっ・・・・。

ネーちゃん、アンタの人生は その手の携帯メールが 全てか?

と 思ってたら、突然 我右手のネーちゃんが 「スクッ」。

スタスタと 遠くに空いた 席に、席替え

オイッ オイッ。「オレ」の 何処が気に入らんネんッ?

そやから 芳香剤 タップリ 身体中に撒布して 家出てきたやんけーっ?

ヤッパシ、もう少し 匂いの強い やつに 変えたほうが エーんやろか?

悩んで まんねん・・・・・・。     拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

半袖オバサンに 乾杯!!

「半袖オバサン」また 見かけました!

寒(さむ)ないんでっしゃろか?言うたらナンやけど、もう「若い」とは 言わしまへんで?

チョクチョク見かけマンナ、こういった タイプ?

今回気付いたんですけど そう言えば 皆さん 黒い「ニット」のピッチリ半袖でんな?

アレって 半袖オバサンの 定番制服 でっか?

その割に 皆さん 高級そうなブーツ、首には サラリと高価なマフラー巻いたはりますな。

ヤッパシ 寒いんでっしゃろか?懐は 暖かそう やけど・・・・・・・・?

やせ我慢せんでも エーのにっ?

別に オバサン・ねーちゃんが お金持ちである事 隠さんでも えーのにっ?

お金ないから 冬でも 夏の 半袖しか 着るもんが 無いなんて振りせんでもーっ!

半袖オバサン 決まって 高級なバッグ持ったはるんやから モロわかりデースッ!

エーッ?なんです?

年齢を重ねても 身も心も若いから ですって?

お見逸れしました・・・・・・。

お肌も エステなんかして ピチピチですもんねっ!

そやけど 悪い事言いません!

ヘソの見える 「アムロちゃん」スタイルだけは ヤメはった方が よろしーで!

まーっ、制服なら シャーおまへんケドなっ?(冷えまっせ・・・・・。)    拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニーちゃん もー 読めたんか?

阪急宝塚線 山本駅から乗車。土曜日 朝 9時過ぎ。車内は 充分 空いてます。

何気に見た 前の席。そのニーちゃんは 座ってました。

ヘンなんです?瞼の動きが・・・・・・・。

明らかに 手に持った本を その眼は 追いかけています。

それも トンデモないスピードで・・・。

文庫本です。左右の頁を 計ると ナント 20で 読破!

極々 普通のジーパン・スニーカー・デイバック・黒いフリース裏付きウィンドブレーカー。

スポーツ刈りで やや神経質そうな 風貌の若い衆です。

アッシも 資料集やデータ文章を読む時には 速読 やります。

でも 電車の中で 根を詰め、20分以上は よー 続けれまヘン!

ニーちゃん すごいなー!感服しました・・・。

でも 正直な話、速読しても ナニが書いてあるかは分かるけど、理解は 出来まヘン。

これ アッシの 能力不足が原因かもしれまへんが、そーと 違いまっしゃろか?

十三で ニーちゃんは降りたけど、もう一度 ユックリ 読み直した方が えーのと違う?

悪いこといわヘン!そーし、そーし!

そやけど そーもいかへんのかな?

なにせ ニーちゃん。読んでた本が 本やからなー?

「奇跡の 右脳革命」。

ニーちゃんの頭 最早 革命軍に 占拠されてもたんやろーか?

クワバラ クワバラ・・・・・・・・・。    拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本語偽装でっせ JRはん!

今日 久々に 大津まで JRに乗ってきました。

そこで 見つけたんですよ!JRさん!

「白浜で 幻の魚 クエを食す!」

これを 「詐欺」と言わずに なにをかいわんやデッセ!日本語詐欺!

食品偽装の 上を行く 日本語偽装・・・。

まーっ、日本の 総理も 日本語が 読めヘンから しゃーないちゅやしゃーないけど・・・。

車内の吊りビラに 大写しの「クエ鍋」が・・・・・・。

旅行会社の デカデカCM!そんなに 宣伝して ぎょうさんの客がきたら どーすんねん。

「クエ」「幻」なんやろ?珍しくて 希少やから「幻」なんでっしゃろ!

それ「ネタ」に 客一杯 よんで どーすんねん?

それ 詐欺デッセ?

チャイまっしゃろか?JR はん?       拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「シズちゃん」あんたの 「妹」やろっ?

ズーッと 前から 気になってたんです。

「シズちゃん あんた 妹さん いてたん?」

チョット前まで流れてた 確か コピーかなにかの CM。

上司に怒られ 残業の 2人組みOL。

それにもかかわらず コピーを撮りそこないの用紙の裏に キッチリ撮る 先輩OL

それを見て「○○さん 打たれ強い ですねっ?」って 呆れる後輩OL

その後輩が とっても気になっていたんです・・・。

その彼女 この頃 化粧水のCM 「ORBIS」女優編の一つに 堂々 登場です。

それも「南海キャンディーズ・シズちゃん」の 妹顔(いもうとがお)丸出しで・・・・。

隠せまへんで!シズちゃんも 言うてくれはったら エーのに?

妹さんが いてるんやったら そう言ってくれれば エーのに?

アップになれば もう 隠しようが おまへん!

血の つながりは 恐ろしいもんデンナ!

「今日の 続きは また 明日、オルビス・・・」。

「千葉はな」ちゃんの 歌声が 心地よいです・・・。    拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蕎麦でっせ!立飲みでっせ!ユキちゃんさん!

一昨日 夜遅く 信州から 戻ってきました。

梅田(大阪市・北の中心地でーす)にたどり着くと 9時チョット過ぎ。

大阪人の法則に則り 行き着け立ち飲み屋 2軒 直行デース。

信州でも モー充分飲んできたはずなのに 大阪は大阪の酒漬けが必要・・・・。

ガード下の 「奴」「金盃」、連弾・2連発。

「奴」じゃっ「ビール」と「活タコつくり」で 立飲み流儀・大阪育ちを 満喫!

つづいて「金盃」。おきまり「団子汁」。

ここじゃっ、やっぱり、「冷や・一杯」そして 〆に「ビール少々」で 出来上がり・・・・。

匂いが 大阪人に 馴染んだら 眠気とともに 阪急宝塚線へ・・・・・・。

また 関西人の日々が 戻ってきます。

そう言えば、今回も 安曇野・松本の お蕎麦屋さん 2軒開拓。

これで 結局、47軒の 蕎麦巡り

「唐沢集落の蕎麦・からさわ亭」そして「開田高原蕎麦・田舎屋」。

とくに 初めての開田の蕎麦は、モチモチ感あふれた 新食感?

ご亭主の こだわりを肴に 常温「男山」を一合 手酌

冬の信濃の蕎麦を 満喫した旅でもありました。

とはいえ 我が身の スグそばにまで押し寄せた 経済の暴風雨。

こんなときこそ 大阪人冥利に尽きようじゃ アーりませんかっ?

転んでも ただ 起きたら あきまへんでっ!

明日も 立飲みと 美味い蕎麦が 呼んでマッサカイなっ!    拝

| | コメント (1) | トラックバック (0)

物理学と 風水を 繋ぐもの達・・

物理学というか 科学の目的は 各種の変化の 中に隠された基本ルールを探ること。

風水の基本も 「易簡・変易・不易」につきます。(イカン・ヘンエキ・フエキ)

絶えず「変化」する世界、しかしその底に「不変」の法則があり、しかも陰陽だけで表せる 簡単「平易」な基本単位によって構成されると 考えています。

ヨーロッパの合理性と 中国発の東洋思想。

一見 異質なものに見られがちな この二つが 同じ目的を目指します。

いまこそ 西洋と東洋が 融合するときなのでは?

現在の 経済危機や 中東紛争も そのことに 警鐘を鳴らしているのでは?

価値観という パラダイムの変換が せまられています。

もういちど 我々人類を生み出した この大自然の声に 耳を傾けませんか?

チッチャな事が 大きな変化の 前ぶれとなります。

「北京で 蝶蝶が羽ばたくと、ニューヨークは 土砂降り」なんです。

世界は 一枚の 織物に織り込まれた 関係性の歴史です。

世界の一大事も 日常の瑣末な出来事も 同じルーツから 構築されています。

これからは より生活に密着した視点で 色んなお話をしていきたいと考えています。

週末から また 信州です。

2週間前の安曇野から眺めるアルプスは 最早 雪山。

今回の 旅では 雪のシャッポも 深くなっているのでしょうか・・・・・・・。    拝

| | コメント (1) | トラックバック (0)

南部先生と対称性 チョコッと追補

先回のブログで 物理学の理論・対称性を 陰陽の考えに 取り込んで お話しました。

その中で 南部博士の「自発的対称性の破れ」を 易経で云う「変化」に 例えました。

その時にも 「少し飛躍が 在るが」と書いたのですが 今回は その 補充文章です。

実は 対称性という考え方は 「保存則」と 表裏一体の ものなんです。

「エネルギーの保存」の 「アノ」保存です。

僕の能力では 簡単な言葉で説明不可能ですが、これは とっても大事なことです。

確か エミー・ネーターという女性の数理物理学者によって とっくに証明されています。

時間経過を 問題なく過ごす為には 物理的対称性が必要なんです。

「ここ」と「あそこ」で 同じ法則が適用されると言う事は つまり「対称」であり「保存」です。

チョット難しいこと言っちゃいましたが、やはり 知っておいて欲しかったので・・・・。

「対称」ってことが 僕達の日常に 無くちゃならない考えなんでネッ・・・。   拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南部陽一郎博士と 「陰陽」の変化

この世は 「陰」と「陽」の重ね合わせの バランスによって成り立っている。

易経では これが基本です。

しかも 時間とともに そのバランスが変化し続けて行くという 宿命を負っている。

そういう具合に 全ての事象を 捉えます。

だから 変化しなくなったり、陰陽のどちらかが「零」になると 「死」を迎えるわけです。

こういった 事は 物理学的には 「対称性の破れ」とも 表現出来るのかもしれません。

こういった 陰陽などの2項の対比で「置換」可能なものを 「対称性」があると言います。

「対称性」だけなら なんら物事は 生じません。

どこかに「ほころび」が 出来て初めて 動きがおこるのです。

それを 量子世界で 南部先生が「自発的対称性の破れ」と 表現されたのです。

本来 両者を 直接結びつけるのは 飛躍があり 多少の注意が必要です。

しかし 思考経路としては 一致してると 皆が 納得できるところです・・・・・。   拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不思議 その奥にある不思議

よーく考えると 不思議な事だらけなんだねっ、この世は?

超常現象って言われてる事なんかより 「宇宙」のほうが ヨッポド不思議!

僕や 皆さんは 空中になんか浮かぶなんて出来ないけど 「地球」はどうだろうか?

この大地は 40億年ほど 宇宙に「浮かび」ながら 太陽の周りを 回転し続けています。 

だのに 人間は 自分の力だけじゃ 浮かべない。

大自然の方が よほどの ラビリンス!迷宮だよねっ?

でも その迷宮は 物理学の原則に従って 構成されてるんでスヨネッ!

物理の原則は 未だ 近似値の範囲だけど 方向は間違っていない。

人間が感じる事が出来る 全ての事は この「くびき」から 開放はされない。

申し訳ないですが 人間が関われる神様も この原則は守っていただく事になります。

その上で 人間を 守っていただく事を 御願いします。

勿論 人間が関われない「神様」、いわゆる 「OLD ONE」ですが・・・・・・。

だけは 別です・・・・・。

いずれにしても 宇宙が出来る前、まだ 空間や時間が 出来上がってない間(?)。

間(あいだ)と書いたけど 人間の言葉じゃ表現は ここまで

時間も未だ出来てなかったんだから 間(!)も何も無いんだけどねっ!

不思議って ここまで遡らないと ホンとは 解かんないのかもしれないねっ?  拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルーツ オブ 風水!

「風水は 何処から 来たのか?」

最も 一般的で 最も 分かってない疑問です。

でも 多分こうだったのかな?という 見当はついています。

古代 「水」と 「お墓」は 人間の絶対条件でした。

現世の「命の綱」 水。

あの世への 「アクセスポイント」 お墓。

自然を 神と崇めた 古代人にとっての両者の重要性は 誰でも想像出来るでしょう。

その為 人々は まず 地下水の流れを 熟知する術を 習得します。

その上で 墓地を 決めていきました。

風水は 古代の 中国で発生しました。中国はご存知のように 地下水・井戸が命。

しかも 風葬・土葬が原則の 生活習慣。

伝染病や 病原菌が 水源を 汚染する事は 絶対避けなければいけません。

生きるか 死ぬかの 最重要問題です。

彼らは 地下の水を 「龍」 と見立て 風水に その処方箋を書き込みました。

それまで 想像上の生物だった「龍」が 初めて具体化されていきます。

勿論 お墓には 地震や水害に遭いにくい 場所が必要です。

風水が確立される前に 既に一部は 古代の日本にもたらされ 古墳に生かされました。

おそらく 地震に対する智恵は 多くは 日本で 形成されていったのでしょう。

古墳が 災害に遭いにくいのは この為でも有ります。

その後 経済社会が成立し始め 時代は 都市計画を必要としていきます。

10世紀頃 中国で ほぼ現在の風水の原形が 形成されたようです。

経済の要 「流通」をささえる 「道」。

蛮族などの「敵」を 遮る 防御璧としての「山」。

城壁に囲まれた都市を形成しやすい 南に開けた 「平地」。

季節に従いやって来る「モンスーン」を 受けにくい「地形」。

ここで「山」が 具現化された 第2の「龍」と位置付けられます。

こうして 都市計画に 風水は 重宝されていきます。

それと並行し 同根の「易経」が 国家統治の 指南書として 編纂されていました。

しかし「易経」すら 民間の不安解消の為 オカルト的に流用されるようになってきました。

やがて 東洋中に 散らばってて 風水は 民衆文化として 花開いていきます。

その頃から 支配階級層は 自前の「住宅」を持ち始めます。

我々下層階級が 住宅を持つなど つい最近の事ですが この住宅が 「家相」にと・・。

勿論 「易占」は 古代、科学の一部として 使用されてきました。

易経が編纂された頃には その意味を換骨堕胎した 「民衆易」が定着していました。

最初 支配層は その民衆易を 排除しようとしましたが、結局 呑み込まれていきます。

こうして 中国、香港、韓国、台湾、日本に いまも 風水が 伝わってると言うわけです。

この途中に 風水は 本来の目的を離れ、歪められて 行きました。

僕が 今 改修しようとしている風水は こんな歴史を持っているわけです。

風水は 東洋的な 科学哲学なんだと 是非 皆さんに お伝えしたい・・・。

それが 僕の 願いです。       拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エドガ―・アラン・ポー と不思議な記憶?

作家「エドガ―・アラン・ポー」

この名からして 不思議な響きです。

中学生の頃 「江戸川乱歩」とは 別人と知って以来の ファンです。

彼の作品に 臨死の病人に催眠術をかけ そのまま 臨終を迎える名作があります。

死後 その病人が 催眠術の力により「死んでいながら 生きている」と言う話です。

友人である その死人の語る(?)未知なる世界に 心ときめいたのが昨日のようです。

関西の落語家・桂枝雀師匠の ブラックユーモア落語にも 同じ種類のものがありました。

臨終を迎えた友人の手を握る 幼友達。

医者が 「ご臨終です。」と宣告します。

でも?いつまでたっても 友人は 冷たくならず、 話し掛けてきます。

いぶかった幼友達が聞きます。「お前、死んだんと 違うんか?」

すると友人 握った手に力を込めて「お前の手のぬくもりで 生きてんねん!」

小噺や 小説の世界にみる「死の世界」。

僕が体験した 一枚に繋がった宇宙では 「死」は どう織り込まれているのでしょう?

自殺された 枝雀師匠に お聞きしたかったですねっ・・・・・・・・・・。     拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不思議体験と 甲野善紀さんのこと?

甲野善紀さんは とっても 「深い」人です。

以前も少し書いたのですが 甲野さんの著作内容が 私の四国体験に重なります。

彼は 己の肉体を通し 自然の摂理と 向き合っているようです。

彼は 古武術に それを見られたようです。

既成概念に 「?」を 突きつけ、御自分の 目と肉体で 再構築されています。

私には 彼ほどの能力は無いようですが 諦めず 現代風水の 構築を願っています。

今後も 東洋的な 科学哲学として 追い求めていきますので 宜しく御願いします。

ところで 甲野さんも 理論物理学の造詣が深いとか・・・・・・・?

気になります・・・・・。      拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「殺気」は 現実に 存在するか?

「殺気」のこと どう思います?

敵の「気配」を感じる。それも 自分の 後ろに ソーッと ひそむ 敵を・・・・・。

そんな馬鹿なーっ?

でも これは 真実です。

人間の五感を 研ぎ澄ますと これは可能です。

例えば ソムリエ、ワインの年代・シャトーを テイスティングだけで 言い当てる!

人間国宝の職人さんは 機械測定の限界を超えた精度の 真球を 手作業で削りだす。

昔の巨人軍の名選手・川上氏は 投手の投げたボールの糸の縫い目が見えたという。

凄いでしょう?でもねっ?

彼らは 一芸に秀でてるだけ(「だけ」でも羨ましい)ですが もし彼らが「合体」したら?

想像すると チョット、お友達になりたくないタイプでスヨネッ!

でも 闘争心と敵の動きに関した その鋭敏さを 武芸の鍛錬で得たとしたら?

きっと彼は 足音や 物音などのレベルを 軽々と超えた能力をもてたでしょう。

風上の敵のかすかな匂い、近づく相手の 足の歩幅や 力の込め方などの違い・・・。

研ぎ澄まされた感覚は その差を読み取り 敵を 感じ取る。

ありえる話でしょうっ?

「勘」は 研ぎ澄ませるが 「当てズッポ」は 一回限りです。

人間は 実は とんでもない 能力を持ってるみたいですネッ?      拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オウム・麻原の 聖水?

人間は どこまで 自分をコントロール 出来るのでしょうか?

皆さんは オウム真理教のサティアンで 「聖水」が 尊ばれていたのをご存知ですか?

かなりの高額な 「貴重品」として 信者の 憧れの的だったとか・・・・。

しかも その聖水、実は 麻原が入浴した風呂の 残り湯だと知った上で・・・・。

一般人には 吐き気以外の 何者でもない ただの汚物。

でも彼ら信者には 高貴な「宝」に 見えていた・・・・。

ここまで 自分を 騙し・コントロールし、価値観を 変更しえるのですねっ?

僕も 若い頃 妙な事に関心がありました。

「人は 手や道具を使わず 自分で息をせず我慢し、そのまま 死ねるものだろうか?」

「禅宗の高僧なら 可能だろうか?」

「自己催眠ができれば なしえるだろうか?」

近頃 皆さんに、「鬼門」などの トラウマ回避の 相談にあたりながら 想い出しています。

トラウマも 心に刻まれた「聖水」です。

「そんなものは 気の迷いですよ!」 なんて 素人でも 言えないでしょう。

複雑な 人間の営みの全てに 関心を持ち 「気の流れ」からのアプローチに 賭けます。

こころから 人間が大好き・・・。ただ そのためにだけ・・・。     拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未来予知は 確率の神秘?

先日も書きました。

風水の予知能力は とっても 現実的な結果を もたらしてくれます。

古代から 人間が 複雑系の 生き物なのだと 先人達は 知っていたようです。

だから 易経由来の 未来予想範囲も 完全解答を 用意はしてくれません。

あくまで 確率的に 最も起こりそうな状況を 指し示してくれるに過ぎません。

だから ハズレル事だって よくあります。

それが 日常の中に 確率を持ち込む時に 避け様もない デメリットなのです。

でも その精度を 高める事は 可能です。

よりシビアな 確率値を求めたいのが 人の欲といっていいでしょう。

でもねっ、詳細は書きませんが 物理原理が その前に立ちはだかります。

未来は 「神様の 振る サイコロに従い」動いてしまうようです。

これを 量子力学では 不確定性原理と 名づけています。

現代の風水も 精度を上げることは可能ですが、完全予知とは 無縁です。

未来は フラフラ 動きます。

永遠に 「確率的には」という 常套句を まとわざるを得ません。

その 枠の中で 風水の智恵は 強力な武器たり得ます。

風水は 「人間」を 知り尽くしています。

古代も 現在も・・・・・・。     拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不思議な 四国、追伸。

「音は 聞こえなかった・・・・」。

当たり前と言えば 当たり前なんですが 四国の「アノ体験」時のことです。

アノ体験としか言いようが無いのですが あの時「音」が無かったことを 憶い出しました。

「見る」でも「触る」でもない、さらに 一切 いわゆる「音」もない状態での 「体験」。

「解かった」「腑に落ちた」アノ瞬間、そう言えば 僕の身体を 意識しなかったですねっ?

あの時 僕は 一体何処に?

いや!体験したと思っている自分は 独立して 存在したのだろうか?

難しい話じゃないんです

誰でも 「アノ体験」をすれば 納得していただけるはず・・・・・。

僕が ドレほどの 感動をしたか?

追伸でした・・・・・。    拝

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未来は 予測可能か?

「風水は 精度の高い 経験則だ!」

私が パーソナリティーを勤める番組などで いつも お話しています。

ホンの150年ほど前の ヨーロッパには まだ 「錬金術」という 科学がありました。

今では 誰も 化学反応で 「銅」を 「金」に変える事など 不可能だって知ってます。

物理法則が それを許さないんだって 知ってます。

でも その時代の科学の最高エリート達が それを信じ 追い求めていきました。

その途中の 「失敗経験」の中から 現代の科学は 出発してきた歴史を持っています。

事ほど左様に 科学が 現代のレベルに達したのは ホンの昨日の話です・・・・。

人間は 奢ったり出来ません。その程度の 浅薄な 知識レベルなんですから・・・。

古代中国も しかりです。

世界中 人間の在るところ 「占い」があり、中国は それを 「易経」に迄 高めました。

科学の基盤が 不正確な時代 この世の「法則」を 易・占に求めたのは 自然です。

むしろ 未知なる自然の「素」を 究めたい一心の 科学的アプローチだったのでしょう。

しかし 古代に 統計学的処理など 在るわけが有りません。

すべては 「経験則と 思い込み」からでき上がってしまいました。

でも 科学の不足分を 観察力が 補って余りあります。

その経験則には 現代人にも通じる 「人間」が 描きこまれていました。

それも 数式表現でなく 全包囲的なアナログで 説明されています。

東洋思想の 利点を 色濃く残してくれたのです。

欠点である「思い込み」を 科学が 修正しさえすれば 素晴らしい「人間学」です。

未来の予測だって 経験則の範囲であれば かなりの精度で 予測可能です。

でも 完全では ありません。

当たらない事も 多いでしょう。(風水が 不評をかってるのも これが原因でしょう・・)

でも 相手が この世のものであれば おおよその行動と その結果は 類推がつきます。

だからこそ その精度を高めたい・・・・・・・!

僕が 求めているのは この一点につきます。

古代 この世の成り立ちを アナログで 見極めようとして 編纂された「風水」。

現在 ビッグバンという宇宙の出発点を デジタルで表現しようとする「理論物理学」。

この二つの 世界観の出あったところにこそ 「人間の素」が 見える気がします。

二つの アプローチは未完成で 今は未だ 欠点が 散見しています。

道程は 長いでしょう。

でも 「見たい」。そう願っています。

経験則をもとに 科学の一環として 取り込まれてしまった「占い」。

そこに 現代的アプローチを 施し 隠された真実を 活用していきたい・・・・・・。

残り少なくなった 僕の人生では 最終地点までは 無理かもしれません。

続きは 次代の方に御願いしたいと思っています。

その上で 僕は 先達の 足跡を追いながら 一歩でもと 考えています。   拝  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »