「風水は 何処から 来たのか?」
最も 一般的で 最も 分かってない疑問です。
でも 多分こうだったのかな?という 見当はついています。
古代 「水」と 「お墓」は 人間の絶対条件でした。
現世の「命の綱」 水。
あの世への 「アクセスポイント」 お墓。
自然を 神と崇めた 古代人にとっての両者の重要性は 誰でも想像出来るでしょう。
その為 人々は まず 地下水の流れを 熟知する術を 習得します。
その上で 墓地を 決めていきました。
風水は 古代の 中国で発生しました。中国はご存知のように 地下水・井戸が命。
しかも 風葬・土葬が原則の 生活習慣。
伝染病や 病原菌が 水源を 汚染する事は 絶対避けなければいけません。
生きるか 死ぬかの 最重要問題です。
彼らは 地下の水を 「龍」 と見立て 風水に その処方箋を書き込みました。
それまで 想像上の生物だった「龍」が 初めて具体化されていきます。
勿論 お墓には 地震や水害に遭いにくい 場所が必要です。
風水が確立される前に 既に一部は 古代の日本にもたらされ 古墳に生かされました。
おそらく 地震に対する智恵は 多くは 日本で 形成されていったのでしょう。
古墳が 災害に遭いにくいのは この為でも有ります。
その後 経済社会が成立し始め 時代は 都市計画を必要としていきます。
10世紀頃 中国で ほぼ現在の風水の原形が 形成されたようです。
経済の要 「流通」をささえる 「道」。
蛮族などの「敵」を 遮る 防御璧としての「山」。
城壁に囲まれた都市を形成しやすい 南に開けた 「平地」。
季節に従いやって来る「モンスーン」を 受けにくい「地形」。
ここで「山」が 具現化された 第2の「龍」と位置付けられます。
こうして 都市計画に 風水は 重宝されていきます。
それと並行し 同根の「易経」が 国家統治の 指南書として 編纂されていました。
しかし「易経」すら 民間の不安解消の為 オカルト的に流用されるようになってきました。
やがて 東洋中に 散らばってて 風水は 民衆文化として 花開いていきます。
その頃から 支配階級層は 自前の「住宅」を持ち始めます。
我々下層階級が 住宅を持つなど つい最近の事ですが この住宅が 「家相」にと・・。
勿論 「易占」は 古代、科学の一部として 使用されてきました。
易経が編纂された頃には その意味を換骨堕胎した 「民衆易」が定着していました。
最初 支配層は その民衆易を 排除しようとしましたが、結局 呑み込まれていきます。
こうして 中国、香港、韓国、台湾、日本に いまも 風水が 伝わってると言うわけです。
この途中に 風水は 本来の目的を離れ、歪められて 行きました。
僕が 今 改修しようとしている風水は こんな歴史を持っているわけです。
風水は 東洋的な 科学哲学なんだと 是非 皆さんに お伝えしたい・・・。
それが 僕の 願いです。 拝
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